それでも音楽の話をしよう

音楽の話題を中心に、アイデア、ひらめき、日常を書き記していきます

世の中出会い、楽器も出会い

昨日の続き。

 

アメ横をぶらぶらして異国感を味わいながら、御徒町の駅にたどり着く。

そして、せっかくだから楽器屋に寄ろうかな?という考えに至る。

お茶の水か?

いや、秋葉原に行こう。

秋葉原のイケベ楽器、「ドラムステーション リボレ秋葉原【池部楽器店 店舗情報 - ドラムステーション リボレ秋葉原】を目指す。

ここは1年ほど前、イスタンブールのシンバルを買ったお店。

新しく入手したこのシンバルを持って、意気揚々と京都拾得のワンマンに挑んだことを思い出す。

そう言えば、拾得のワンマンはちょうど一年前。

8月13日だったのだなぁ。

それはともかく、「ドラムステーション リボレ秋葉原」に到着。

スネアを見たり、シンバルを見たり。

楽器屋に行くと、楽器が欲しくなる。

現実味を持って、欲しくなる。

気になっている種類のスネアが手頃な値段で売っていたので、試走させてもらう。

けれど、ピンとこなくて、今回は見送った。

インスピレーションの問題。

そして、タイミングの問題。

けれど、「やはり新しいスネアがほしい」という想いを強くした。

昨日はその後、スネアへの想いが強くなり、スネアのことが頭から離れなくなってしまった。

今、どんな音のスネアがほしいのか?

スネアのことばかり考えていたら、だんだん、今求めているスネアが明確になってきた。

音の種類、そして実用性。

楽器は買って終わりではない。

むしろ、買ってからがスタートだ。

買って、実際に使ってこそ価値がある。

いろいろ試してみたいことがある。

近いうちに、スネアを買うことになりそうな、予感。

異国の、市場?やはり、時代は変わる

今日はふと思い立って、アメ横に行った。

いや、アメ横に行くことが目的だったわけではなく、近くにいたから、ふと思い立って寄ってみただけなのだけど。

アメ横と言えば、もうかれこれ20年以上前の記憶しかない。

中学生の頃、友だちと一緒に自転車で行った記憶。

確か、修学旅行に備えての買い物をしたのではなかったか?

記憶は定かではない。

その頃の印象と今現在のアメ横の印象は、かなり違う。

当時も今も、活気に満ちあふれていることに変わりがないが、今日歩いてみて感じたのは、どこかの、異国の、市場に来てしまったのではなないか?という錯覚。

多国籍な街。

そして、どこか活気の質が違う。

The Times They Are a-Changin、ボブ・ディランではないが、やはり時代は変わる。

 

たまには普段歩かない道を歩いてみるのも、良いもんだ。

気づきが、発見がある。

1日1食?がむしゃらに仕事をすること

食に関する科学に興味がある。

生化学に興味がある。

けれど、知れば知るほど、分かってないことの方が多いんだな、と思う。

そうして、食と健康に関する本も多く出ている。

そんな本を読むのが、好きだ。

興味を持った方法を自分で試してみるのも面白い。

試した結果を、自分で感じ取ることができるから、フィードバックが比較的早く出るから、試しがいもある。

 

昨夜は、『無敵の「1日1食」』という本を読み終えた。

作曲家、三枝成彰氏による著書だ。

https://amzn.to/2ntOGyt

1日1食。

食と健康に関する本の範疇に入るとは思うけれど、僕がこの本から受けたエッセンスはこうだ。

「自分のやりたいことを成し遂げるには、そしてがむしゃらに仕事をするには、少食しかない。少食が理にかなっている。」

ここでいう「がむしゃらに仕事をする」とは、オペラを作曲しまくるということ。

想像以上に莫大な労力と費用のかかるオペラ。

著書によれば、この一大事業を手がける秘訣は、「1日1食」という習慣だそう。

ちなみに、その一食は、好きなものをなんでも食べるし、お酒も好きなものをなんでも飲むそう。

 

僕は今、意識的に「1日2食」という習慣にしている。

以前は朝ごはんを食べなければ辛かったけれど、朝ごはんを止めてみたら調子が良かったので、その習慣を続けている。

今のところ、「1日1食」はハードルが高く感じるけれど、それはともかく、「がむしゃらに仕事をする」というのは良いなぁ、と思った。

時間が足りないとか言っている場合ではない。

もっとがむしゃらに、好きなことを追求できるはずだ。

もっと狂ったように、好きなことに没頭してやろう。

この本を読んで考えさせられたのは、そのようなことだ。

 

大好きなビールを飲む機会が・・・

積極的に外に出て、多くの人と出会って、交わって、繋がって、そういうのが楽しい時がある。

興味が外に向かう時期。

逆に、あまり気持ちが外には向かわず、出会いと言えば本や音楽など作品との出会いに向かい、それはつまり自分の内面との出会い、自分と向き合うことでもあり、そういうのが楽しい時がある。

興味が内に向かう時期。

両方あってこそ生きがいを感じるし、その振り幅を楽しみたいし、そこは気の向くままに進みたいと思っている。

そして、実際にそうしているつもり。

経済的な理由もあり、最近は大好きなビールを飲む機会があまりない。

逆に、音楽を聴いたり本を読む時間が増えている。

今はそういう時期なのだろう。

読みたい本や聴きたい音楽のことを考えると、興奮して夜も眠れない(いや、実際にはぐっすり眠っているけれど)。

そんな日々が続く。

アレンジが凝っていて

今日聴いたアルバムは2枚。

マット・キャメロン『Cavedweller』https://amzn.to/2B3rPDA

JING CHI『Supreme』https://amzn.to/2vx2WL7

 

マット・キャメロンは、パール・ジャムサウンドガーデンのドラマーで、このアルバムではドラムを叩かずギターと歌に専念しているそう。

ぱっと聴いた印象は、現在進行形のロックアルバムといった感じだけど、変拍子だったり、曲の展開だったり、とにかくアレンジが凝っていて聴きごたえがある。

マット・キャメロンのドラムも、改めて聴きたいと思った。

 

JING CHIは、ヴィニー・カリウタ(Dr.)、ジミー・ハスリップ(Ba.)、ロベン・フォード(Gt)という、素晴らしいセッション・ミュージシャンが集まった、スペシャルなバンド。

当然、ハイ・クオリティ。

 

音楽を聴く時間がたっぷり取れるのは、やはり嬉しい。

音楽には、たくさんの情報が詰まっている。

それを、たとえばアルバム一枚分を集中して聴く時間は、至福の時間だ。

 

もっともっと、音楽を聴いていくぞ!

レコーディングが近付きつつある

今朝、The Kaisers『Squarehead Stomp』を聴いていて、思った。

音楽を演奏するに際して、「どんなことをやるか?」だけでなく、「どんな音を出すか?」が重要である。

それと同じように、レコーディングに際しては、「どんな風に演奏するか?」だけでなく、「どんな音で録るか?」が重要である、と。

なぜなら、このThe Kaisersのアルバムを聴いていて「音に空間を感じる」体験をしたからだ。

普段音楽を聴いている時は、無意識に音の出所のみを聴いているように感じる。

音の出所のみに意識が集中している。

けれど、本来音が出るところには、それを取り囲む空間もあるはずだ。

The Kaisersのアルバムには、その空間の音があった。

 

音を録音する時は、知識がないこともあり、今まではレコーディング・エンジニアさんに任せっきりだった。

ダイナミックマイクだとかコンデンサーマイクだとかの、マイクの特性もいまいち分かっていないくらいだから。

そして、専門知識のあるエンジニアさんにお任せするのは次回も変わらないだろう。

けれど、「どういう音で録るか?」を少しでも意識しておくと、レコーディングの時のプレイ自体も良い方向へと変わるような気がする。

もちろん、「どういう音を出したいか?」と「どういう音で録りたいか?」とは別の次元の話である、ということは付記しておこう。

 

レコーディングが近付きつつある。

『ビートルズが流れていた』

林哲司著『ビートルズが流れていた』を読んでいる。

リアルタイムでビートルズを体感した著者。

それも、多感な青春時代に。

そして、上田正樹「悲しい色やね」とか杏里「悲しみがとまらない」などの作品を持つ、作曲家である著者。

そんな著者によるエッセイ集。

そこには常に、ビートルズの楽曲が流れている。

 

ビートルズが聴きたくなる。