それでも音楽の話をしよう

音楽の話題を中心に、アイデア、ひらめき、日常を書き記していきます

張り切っていこう

夕方に一度帰宅。

昨日の話である。

そして、ピアノを弾く。

ピアノを弾くことは最近の日課だ。

始めたばかりでたいして弾けるわけではない。

けれど、なんでもいいからとりあえず弾きたくなってしまう。

なんと言うか、指が鍵盤を求めている。

 

その後、慌ただしくスタジオへと向かう。

今日のライヴに向けて、ドラムの練習をするために。

まずは入念に腕の振りをチェックする。

スティックでドラムを叩く時の、腕の動きの軌道を確認する。

決して小手先だけの動きにならないように。

そして、ダブルストロークをちょろっと練習する。

ずっと苦手だったダブルストローク

決して本番では使うことのできなかったダブルストローク

そんなダブルストロークに改めて取り組んでみようと思ったのも、コロナ禍における怪我の功名かもしれない。

時間をかけて習得したい。

それからライヴのセットリストを細部に気をつけてチェックした。

神は細部に宿る、という。

クオリティーを求めたい。

今の願望。

 

そんな日常の一コマ。

そして今夜は配信ライヴだ(人数限定の有観客でもあるが、こちらのチケットはソールドアウト)。

はっきり言ってモチベーションは高い。

張り切っていこう。

べろべーナイト 5軒目 / 2020.07.14 (火) / TOKYO, JAPAN | red cloth

ブルースに誘う〜ボブ・ディランの新譜から〜

ボブ・ディランの新譜を聴いた。

タイトルは『Rough and Rowdy Ways』という。

アルバムの詳しい情報は知らない。

音から得た情報だけを元にして書いていこうと思う。

 

全体を通して聴いてみると、静かなアルバムという印象を受ける。

曲調としてはフォークやブルースといったところか。

ボブ・ディランが弾き語るというか、音楽に乗せて言葉を伝えることに重点が置かれているという点では、いかにもボブ・ディランなアルバムだと言っていいだろう。

最後の「Murder Most Foul」という曲は、なんと17分もある大曲である。

「Blowin’ in Wind(風に吹かれて)」と「Masters of War(戦争の親玉)」を足して、それでいて2で割らないような曲だな、と思った。

というか、それでも長さは全然足りないのだけど。

 

アルバムを通して聴いて惹かれるのは、僕はやはりブルースな曲だ。

具体的には、2曲目「False Prophet」、6曲目「Goodbye Jimmy Reed」、8曲目「Crossing the Rubicon」という3曲で、どれも違ったタイプのブルースである。

そして、それぞれの曲にそれぞれの魅力がある。

今回はそのうち、「Goodbye Jimmy Reed」に注目して、ちょっと分析的に聴いてみようと思う。

 

ジミー・リードは、言わずと知れたブルースマンだ。

曲のタイトルからは、そのジミー・リードについて歌った曲だと推測ができる。

けれど、僕には歌詞を聞き取る英語能力はない。

歌詞の内容が分からない。

調べてもいない。

あるいは、ジミー・リードの名前は出てくるが、内容的にはジミー・リードにあまり関係ないのかもしれない。

 

「Goodbye Jimmy Reed」は、12小節のブルース進行がベースとなっている。

ベースとはなっているが、少し変則的である。

1拍分余計なのである。

4分の4拍子が12小節分あって、プラス一拍分付け足されていると考えればいいのか。

ただ、流れで聴いているとギターのフレーズと相まって違和感はない。

いや、多少の違和感は感じるかもしれない。

そうだとしても、それが逆にいいアクセントになっている。

 

この12小節+1拍を一塊りとしてそこに歌が乗り、これを6回繰り返す構成となっている。

一番初めにはイントロが2小節入り、一塊りの合間ごとにも2小節だったり4小節だったりの間奏が入る。

ちなみに、6番目の塊だけコード進行が少し違うようだ。

ワンコードで通している箇所がある。

そして、最後は7番目の塊に進むようにして、そこでは歌が入らずにハーモニカが入ってきてフェードアウトして曲が終わる。

 

楽器編成はどうだろうか?

ドラムとベース。

それにギター。

これは3本と考えていいのだろうか?

ギターの聴き分けは、僕にとってはちょっと難しい。

それにハーモニカに、ボブ・ディランの声。

どこをどう切り取ってもブルース・フィーリングに溢れている。

スネアの、低くて荒い感じの音が好きだ。

深胴のスネアだろうか?

ギターのバッキングやリフもブルースそのものだし、ハーモニカはジミー・リードのようだし、ディランのだみ声もマッチしている。

 

と、ここまでじっくり曲を聴いてきて、ある一つの感覚に気付いた。

感覚というよりも欲求といった方がいいか。

それは、「やっぱりブルースが好きだ。もっとブルースを聴きたい。」というもの。

そしてもっと言えば、「ジミー・リードを聴きたい。今すぐに。」という欲求が生まれた。

「Honest I Do」、「Big Boss Man」、「I Ain’t Got You」、「Baby What You Want Me to Do」など、もちろんすぐに聴いてしまったのは言うまでもない。

「グッバイ・ジミー・リード」は、サヨナラを言うどころか、ジミー・リードに誘う曲であった。

少なくとも僕にとっては。

 

 

ドラムが上手くなりたい。解決策はまだない。

常々思っていることだが、もっとドラムが上手くなりたいと思う。

その願いは、強くなることもあれば、他の興味に押しやられて弱くなってしまうこともある。

人の気持ちは移ろいやすいもの。

それ自体は仕方のないことで、否定する気はない。

いや、むしろ肯定的に捉えてさえいる。

それはともかく。

今はドラムが上手くなりたい気持ちが強い時期のようだ。

 

上手くなるためにはどうしたらいいのか?

これが、なかなか難しい質問だ。

簡単に分かるようなら、その人はきっと天才的なプレイヤーになることだろう。

これが分からないから、僕らはあれこれ試行錯誤を繰り返す。

 

よくある対策を挙げてみよう。

①とにかく練習しよう

これはまず第一に思い浮かぶ考えかもしれない。

もちろん練習は必要なことだ。

というか練習なしに上達することはまずあり得ない(これは「練習」という語の定義にもよるが)。

ここで大事なのは「どんな練習をするのか?」ということ。

思考停止になってはいけない。

 

②好きな曲をコピーしよう

好きな曲を聴いて真似してみる「耳コピー」は、音楽を学ぶ上でとても大事なことで、なおかつ効果的な方法だと思う。

実際に僕もこれまで、たくさんの曲を耳コピしてきた。

好きな曲が演奏できるようになると、音源に合わせて、あるいはバンドと合わせてドラムを叩いているだけで、ただただ楽しくなる。

その喜びは何ものにも代えがたい。

もちろん、初めのうちはそれで何の問題もない。

だが、もっと上手くと求めるようになると、工夫が必要になってくる。

「どんな曲を耳コピするのか?」

そして深く掘り下げていくためには、

「曲をどのように聴くのか?」も大事かと思われる。

音楽を聴くことそのものが練習なのだ。

 

③基礎練習をしよう

メトロノームを使って練習をする。

ルーディメントなど、スティックコントロールを身につけることに特化した練習をする。

手足のコンビネーションを強化する練習をする。

どれも大事で有効な練習だ。

ただ、ここで注意しなければいけないのは、練習のための練習に陥らないようにすること。

基礎練習は、練習すること自体が目的化しやすい。

僕は何度もその状況に陥ってきたから、それが痛いほどよく分かる。

練習した気になって、上達には何の役にも立っていないことも起こりうる。

「なぜこの練習をしているのか?」

実際のプレイにどう結びつけるのかを常に念頭に置いておくことが、練習の自己目的化を防ぐ鍵になると思われる。

 

ドラムが上手くなりたい。

そのためにはどうしたらいいのか?

そう考えて自分の中で整理していたら、こういうブログの記事になった。

無計画に書き始めた結果がこれで、それ以上でもそれ以下でもない。

そして、解決策はまだない。

ボ・ディドリーで始まり、気になる人を見つけてしまった

同じチェス系アーティストとして注目すべきはミシシッピ生まれのボ・ディドリーだ。(中略)自分の名前を冠した「ボ・ディドリー」や「アイム・ア・マン」はアラン・フリードの強力な後押しも得て、55年、R&Bチャートで成功を収めた。(『ミュージック・マガジン[増刊] ミュージック・ガイドブック』p36)

 

今朝は、ボ・ディドリーを聴いた。

ロックンロールのオリジネーターの1人にも数えられるボ・ディドリー。

とは言っても、同じチェス系のアーティストであるチャック・ベリーと比べると、いわゆるロックンロールのイメージからは少し外れるのかもしれない。

チェスという括りで考えると、ボ・ディドリーはよりチェス的、つまりはブルース寄りな感じがする。

実際、「アイム・ア・マン」などはブルースの文脈で捉えるべき曲かもしれない。

 

ということで、今朝聴いたアルバムは、BO DIDDLEY『THE CHESS 50th ANNIVERSARY COLLECTION HIS BEST』というもの。

His Best by Bo Diddley on Spotify

こうしてまとめて聴くと、ボ・ディドリーにはやはり名曲が多いと分かる。

1960年代のイギリスのバンドにカバーされまくっているのも頷ける。

 

そんな中でも、今日特に気になったのは「プリティ・シング」という曲。

Pretty Thing, a song by Bo Diddley on Spotify

キレのいいギターで曲が始まり、いわゆるボ・ディドリー・ビートで勢いに乗り、ボ・ディドリーが飄々と歌い出す。

そして、ブルース・ハープのカッコいい音色が合いの手を入れる。

そう!

ブルース・ハープ!

これぞチェスだ!

ところで、これは誰が吹いているんだろう?

 

気になってちょっと調べてみる。

「プリティ・シング」は、1955年に発売された、ボ・ディドリーの3枚目のシングルとのことだ。

カップリングは「Bring It To Jerome」。

こちらも全面的にブルース・ハープがフィーチャーされている。

そして、カッコいいソロにも痺れる。

調べたところによると、同シングルのこのAB面2曲は同じ日にレコーディングされたもので、ハーモニカはレスター・ダヴェンポートという人が吹いているらしい。

レスター・ダヴェンポート。

新たに気になる人を見つけてしまった。

配信ライヴには賛否両論があるけど

2020年7月7日火曜日。

場所は僕らのホームとも言えるライヴハウス、新宿レッドクロス。

Mr.ワリコメッツは、配信ライヴを行なう。

それもワンマンで。

 

これまで、ライヴはさんざんやってきた。

ワンマンライヴも何度かやってきた。

だが、配信でのライヴはほとんどやったことがない。

ついこの間、6月12日に一度やったきりだ。

しかもその時は30分だけだった。

今回は二度目の配信ライヴで、時間ももうちょっと長めとなる。

 

配信ライヴには賛否両論がある。

「ライヴはやっぱり生じゃないと!」

「画面越しではライヴの迫力や醍醐味は伝わらないよね」

そんな意見がある。

正直なことを書くと、僕も配信ライヴを観るのは苦手だ。

なんというか、すぐに飽きてしまう。

前にも書いたような気がするが、それはiPadという小さい画面で見ているせいなのかもしれないけれど。

ともかく、否定的な意見を耳にする。

 

物ごとにはもちろん、悪い面があれば良い面もある。

配信ライヴのメリットはどんなところにあるか?

まず、全国どこにいても観ることが可能である。

わざわざライヴハウスに行かなくてもいいし、東京に来なくてもいい。

スマートフォン一台あれば、どこでも観ることができる。

遠方にいてこれまでMr.ワリコメッツのライヴを観ることができなかった方。

あるいは、ライヴハウスという場所に縁がなくて、そもそも「ライヴに行く」という選択肢がなかった方。

そんな方々に配信ライヴを観ていただけたら嬉しい。

ワンマンライヴだし、これはいい機会であるように、勝手ながら思う。

もう一つメリットは、アップで映し出される映像もあるはずなので、普段のライヴでは観ることのできなかった細部が見えてくることだろう。

表情やら、手もとやら、身体の動きやら。

ライヴ会場で味わえるものが失われてしまうかもしれないが、代わりにライヴ会場では味わうことのできないものが得られるだろう。

いや、かもしれない。

この辺は、経験値が少ないので、僕にとっても未知数ではある。

 

7月3日現在、東京では新型コロナウィルスの新規感染者が増えつつある。

昨日は100人を超えた。(これを書いている途中で、今日も100人を超えそうだというニュースが入ってきた。オー・マイ・ガー!)

また外出を控え目にしなければならない世の流れになるかもしれない。

そんな時には、Mr.ワリコメッツの生配信ワンマンライヴを観ていただくことも選択肢のうちの一つにしてもらえたら、それは大変嬉しい。

あと、人の価値観は多様であり、多様であるからこそ豊かであり、多様であることは決して否定されるべきではない、と僕は考える。

こういう時期だけど、「やっぱりライヴは生で観たい」という物好きな方には、ライヴの来場チケットの用意もある。

人数制限もあるし、感染対策のご協力をお願いすることにはなってしまうが。

 

これから、世の中がどう推移していくのか?

それは誰にも分からない。

僕らはただ、状況を見ながら、それでも挑戦していくだけだ。

7月7日。

より多くの方々にMr.ワリコメッツの音楽を楽しんでいただけたら、これ幸いである。

 

 

★7月7日(火)新宿紅布

『SHINJUKU STREAMING ーMr.ワリコメッツワンマンライブ-』


*配信チケット
配信スタート 20:00(アーカイブ:7月10日 23:59まで)
¥1.500 

SHINJUKU STREAMING / 07.07 (火) @ Online Streaming | red cloth Tickets

 

*ライブチケット(限定人数)
19:30開場 / 20:00開演
¥2.000+ドリンク代¥600

http://mrwaricomets.info/schedule

音楽不況にあらず

かつて渋谷を「音楽の街」「文化発信の街」にした主役たちが、軒並み姿を消した。

それでは、日本のポピュラー音楽は「衰退」したのだろうか。

答えはノーだ。むしろ反対に、日本のポピュラー音楽は、音楽も演奏空間も人材も、より多様で豊かになった。取材してそう確信した。(烏賀陽弘道『「Jポップ」は死んだ』プロローグより引用)

 

烏賀陽弘道著『「Jポップ」は死んだ』(扶桑社新書)という本をを読んだ。

 

かつて、CDは売れた。

めちゃくちゃ売れた。

それが今では売れなくなった。

CDが売れなくなった代わりに、フェスに代表されるライヴやコンサートなどに人はお金を使うようになった。

また、人と音楽との関わり方も多様化した。

インターネットの普及と技術の進歩が、その流れを後押しした。

 

おおむね上記のようなことが、様々な事例を交えながら語られていた。

本書の第四章のタイトルは「CDは不況だが音楽不況にあらず」というものであり、この言葉に、本書の基本スタンスが現れている。

そう、音楽不況にあらず。

いや、「不況」が経済用語であることを考えるならば、厳密にはやはり不況なのかもしれない。

けれど、だからと言ってポピュラー音楽という文化が衰退しているわけではない。

多様で豊かになり、むしろ熱い分野なのだと、本書を読んで改めて思った。

 

インターネットは、音楽を取り巻く環境を変えた。

音楽と社会との関わり方を変えた。

メディアとしての音楽の在り方を変えた。

そして今また、感染症の煽りを受けて音楽を取り巻く環境が変わろうとしている。

目の前に広がるのは決して平坦な道のりではない。

それでも、と思う。

ポピュラー音楽を取り巻く環境は、変化に富んで、多様で、そしてなにより大いなる可能性を秘めているのだ、と。

それは、音楽の現場にいて肌で感じる実感でもある。

 

変化は激しい。

常にアンテナを貼って、目を光らせている必要がある。

どうにもこうにもマヌケである

お金がなくて個人練習でスタジオに入るのもままならない現状である。

だが、そうとばかりも言ってられないので、ここぞという局面だけスタジオに入ろう。

ということで、今日は久しぶりに個人練習でスタジオに行ってきた。

 

コロナ自粛期間があって、自分のドラムプレイをいろいろと変えようと試みてきた。

その辺りの事情はリアルタイムでブログに書き残してきたつもり。

本当はライヴができない期間がもっと長く続くと思っていたのだけれど、どういっためぐり合わせなのか、実際は思ったより早くライヴができたし、明後日には復帰後早くも3本目のライヴが待っている。

そんなわけで、今はライヴをしながらフォーム改善などもやっているところである。

 

さて、ドラムプレイの際に変えたことのうちの一つが、ドラムセットとドラムイスの距離感。

ドラムセットと自分の身体との距離、と言いかえてもいいかもしれない。

その距離を遠くした。

距離を取るようにした。

それと、スネアやタムやフロアタムの位置を今までより高めにするようにもした。

フットワークの改善と、スティックの軌道修正を狙ってのことだ。

今のところ感触は悪くない。

悪くないのだけど、距離が遠くなった分、空振りをすることが増えた。

あと、太鼓の位置が高くなった分、スティックがリムに当たってしまって音が出ないことも増えた。

スティックを握り込まないようにしているので、たまにスティックの落下もする。

どうにもこうにも、マヌケである。

まぁ、これも副作用なのだと受け止めている。

そして、課題がくっきりしてきたので、一度この辺を確認というか修正というか、そんな目的のために今日はスタジオ入りした次第である。

 

ドラムと身体の距離感。

そんなちょっとしたことでも変わるあれこれ。

面白くて不思議だよなぁ。