紙の本と電子書籍、CDとストリーミング再生。
本が好きで、来る日も来る日も本を読んでいる。
時間があまり取れない日も多いけれど、それでも本を読まない日はない。
音楽が好きで、来る日も来る日も音楽を聴いている。
時間があまり取れない日も多いけれど、それでも音楽を聴かない日はない。
本は、紙の本でもKindleでも読む。
初めは懐疑的だった電子書籍も今ではすっかり慣れた。
慣れて今思うのは、やはり紙の本で読むのと電子書籍で読むのとでは同じ読むのでも違う体験だということ。
本の内容が変わるわけではない。
こちらの受け取り方が変わるのだ。
読むときの脳の使い方が変わるのだ。
電子書籍は、所有、管理、持ち運びに便利だけれど、頻繁に参照したい時にはやはり、紙の本の方が使い勝手が良い。
音楽は、CDでもストリーミングでも聴く。
初めは懐疑的だったストリーミング再生も、今ではすっかり慣れた。
慣れて今思うのは、やはりCDで聴くのとストリーミング再生で聴くのとでは、同じ音楽を聴くのでも違う体験だということ。
音楽の内容が変わるわけではない(どちらもデジタルであることに変わりはない)。
こちらの受け取り方が変わる。
定額制のストリーミングサービスでは、以前は想像すらできなかったほど大量の音楽に接することができるし、縦横無尽に聴きまくったり、大量の音源からお気に入りの曲を管理するのにとても便利だ。
けれど、音楽を作品として、アルバムをジャケットや曲順も含めた一つの作品として聴くのであれば、やはり「モノ」としてのCDを手元において、時々それを眺めながら聴きたい。
じっくり聴くのに使い勝手が良いのは、やはり「モノ」として存在するCDの方だ。
もちろん、レコードならなお良いだろう。
さて、今僕らは、「モノ」としてのCDを鋭意制作中である。
仕上がった音を聴くにつれ、やっぱり一つの作品として通して聴いてほしいなぁと思う。
ジャケットや歌詞カードを手に、一曲一曲じっくり聴いてほしいなぁと思う。
なにより通して聴いてこそ真価を発揮する作品なのだから、と勝手ながら記しておく。