それでも音楽の話をしよう

音楽の話題を中心に、アイデア、ひらめき、日常を書き記していきます

偶然の再会ーザ・バンドにまつわる思い出ー

今、とても興奮している。

どこから話し始めようか。

 

もう10年以上前の話になるが、僕らはザ・バンドが好きだった。

いや、ザ・バンドは今でも好きなのだけど。

それはともかく、ここで「僕ら」というのは、当時やっていたTHE JACK CAYというバンドのこと。

メンバー全員が、ザ・バンドを好きで、リスペクトもしていた。

 

ザ・バンドというのは、1960〜70年代に活躍した、アメリカのバンド。

いや、アメリカのバンドと言っていいものか?

メンバー5人のうち4人はカナダ人だが、アメリカの古き良き時代の、南部フィーリングたっぷりの音楽を演奏した。

原型はロジャー・ホーキンスという人のバックバンド、ザ・ホークス。

ギター、ベース、ドラムの基本形に、鍵盤が2人もいるのが特徴的。

時と場合によっては楽器を入れ替わったり、サックスやマンドリンを演奏するメンバーもいた。

特定のボーカリストを置いていないのも特徴で、主にドラムのリヴォン・ヘルム、ベースのリック・ダンコ、ピアノのリチャード・マニュエルの3人が代わる代わるボーカルをとった。

 

そのザ・バンドボブ・ディランのバックを務めることもあって、特に印象深いエピソードは、彼らは一時期、ニューヨーク郊外のウッドストックにある一軒家に共同で住み、当時療養中で表舞台には顔を出していなかったボブ・ディランとセッションを繰り返していた。

その成果は、『ザ・ベースメント・テープス』で聴くことができる。

また、彼らが共同生活をしてセッションも繰り広げた家は「ビッグ・ピンク」と呼ばれ、ザ・バンドのデビューアルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』にも繋がっていく。

 

前置きが長くなったが、そんなザ・バンドが大好きであったTHE JACK CAYにひとつの大きな出会いがあった。

それは、DIXIE PORKというバンドとの出会い。

どこでどう出会ったのかはもう忘れてしまったが、近づきになったきっかけは、ザ・バンドが大好きであるということ。

しかもDIXIE PORKは、かなり筋金入りであった。

まず、メンバーはギター、ベース、ドラムに鍵盤が2人、ザ・バンドと全く同じ編成だった(知り合ってすぐ、彼らはメンバーが1人抜けて4人になってしまうのだが)

さらに彼らは、狭山にある一軒家を借りて共同で住み、キッチン・ダイニングに楽器やアンプを持ち込んで、そこをスタジオ替わりにしていた。

そう!これは「ビッグ・ピンク」と全く同じ構図。

ザ・バンドに憧れて、そこまでしてしまう姿勢に脱帽した。

僕らは完全に彼らの虜になってしまった。

僕らは彼らと仲良くなり、僕ら主催のイベントにも出てもらったし、彼らの家に遊びに行って、お酒を飲みながらセッションもした。

キッチンのスタジオで!

それは本当に素晴らしい時間だった。

 

さて、なぜ今急にそんな話をするのかというと、つい先ほど、そのDIXIE PORKのメンバーのうちの1人と街中で偶然再会したから。

僕は初め全く気づかなかったのだけど、彼の方から声をかけてくれた。

「JACK CAYの?僕はDIXIE PORKの…」という会話で頭が一瞬混乱して、しばらくしてようやく、パズルの断片が一つの像を結び始めるように、記憶の断片が繋がっていった。

僕はつい興奮して、声を荒げて「うわー!」と唸ってしまった。

10年以上ぶりの再会がこんな形であるなんて!

11/4の記事、ハガキが人と人とを繋ぐ〜高槻ライヴ〜 - ひろやのブログで書いたように、先日の高槻での再会もあったりして、最近、このようなことが重なっている。

今、そういう星回りなのだろうか?

人生は、驚きに満ちている。

音楽やっていて良かったなぁ、と思う瞬間である。

 

最後に、その頃のフライヤーか何か、関連する画像がないかネットを探してみたけど、見つからなかった。

下北沢ガレージで主催したイベントの、スケジュールだけが出てきた。

あの時、ズクナシにも出てもらったんだったなぁ。。

 

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